最良の予言者は過去なり-1928年に80年先、2008年のアメリカのGDPを予測する

株の名言には『最良の予言者は過去なり』という言葉があるそうだ。予測の基本的なテクニックは過去のトレンドを読み(回帰分析)、その延長線上に未来予想図を描くことである。ただしこの作業は外挿なので、当然のごとく『過去になかった歴史的転換』によって過去のトレンドから外れていく可能性ももちろん否定できない。


過去にも『今までとは違う、全てを根本的に変えるイノベーション』という売り文句の新テクノロジーはたくさんあった。それらをマクロな視点から見ると本当に歴史を塗り替え、経済成長を桁違いに押し上げる事例は存在したのだろうか。大恐慌や戦争といった大きな出来事の前後で経済成長にはどのような影響があるのか。この疑問に対して、過去140年間のアメリカ合衆国GDPはどのように推移してきたのかを調べた面白い話を聞いた。INSEADのイリアン・ミホフ教授の研究である。結論から言うと、

  • 世界で最も先進的な国においては、経済は長期的にはコンスタントに年率1.85%のペースで成長する。
  • これはたゆみないイノベーションの成果ではある。ただし数多あるイノベーションも長期的に見ると成長率を1.85%以上には押し上げない。
  • 大恐慌によって一時的に経済成長がストップしたり、逆に戦争によって好景気に湧くことはあってもそれらは長期的なトレンドには影響しない。

その主張の根拠となるデータを見て行くと・・・1870年から1928年までのデータ*1をもとに直線回帰し、外挿によって2008年度の一人当たりGDPを求める。

これに対して実際の一人当たりGDPの推移。大恐慌とその後の世界大戦による大きな変動はあるものの、再び元の直線に戻っていき、なんと80年後の2008年の予測値と実績値の誤差は2%未満である。その他の年度に関してももとの直線の当てはめはかなり良いように見える。

オイルショック、コンピューターの発明、インターネットの発明などなど数多くの世紀の大発明や大事件がおこり、短期的にはGDPの成長率が1.85%を上回ったり下回ったりすることはあるものの、長期的には1.85%のトレンドラインに乗っているのだ。大恐慌や戦争による好景気でy軸切片が平行移動することさえなく、もとのトレンドラインに回帰していくというのはとても面白い。単純な回帰分析だけれども、すごくパワフルで面白い分析である。右肩上がり、というのは神話でも幻でもなく、現実なのだ。*2

一方日本の高度経済成長期やいまの中国のように年率二桁成長で経済が伸びている国だってある。教授によると、これは最先端の技術を開発するのではなく、応用*3したり同じものをより低コストで作ることが可能だからだそうだ。ひとつの傍証としてG7、中でも日本の経済が過去140年間どのような推移をしてきたのかをみる。最初は一人当たりGDPが低いためどんどんと成長していくものの、高い経済成長も次第に鈍化し最終的には年率1.85%のトレンドに収束していくのだそうな。この1.85%成長が『イノベーションのフロンティア』であり、物真似ではなく自ら新しいイノベーションを生み出す段階に来た国々が成長できる最前線。

過去には日本が高度成長期の成長率を続ければアメリカをはるかに追い抜くという楽観的予測もあったらしいけれども、現実はそうではなかった。いま中国で暮らしていると日本の経済成長率の低さを『景気が悪いなあ』なんて思うけれども、それは日本の経済力が高くなったいま無理な望みというものだ。同時にイノベーションによって日本だって経済力をさらに高めて行くことができるというのはある意味希望でもある。
とはいえ過去数10年全く経済成長をしていない国だってある訳で、次なる疑問はじゃあなにがその要因なのかということだけれども、長くなったのでこの辺で。

なおデータの出所はすべて下記のリンクより。どちらもPDFファイルで一読の価値有り。
http://faculty.insead.edu/fatas/wall/wall.pdf
http://www.ceosummit-eede.gr/2010/files/eisigisi_mihov.pdf

また予測の基本的な話についてはこちらの大村先生の本がとてもわかりやすくて僕のような初学者にピッタリ。

予測のはなし―未来を読むテクニック

予測のはなし―未来を読むテクニック

*1:Y軸は一人当たりReal GDPの対数である。経済成長は昨年比x%と指数関数的に増加するので、対数をとったほうが分かりやすい

*2:リーマンショックはかなりの大きな事件だったけれども、これをこの先10年・20年のスパンで見るとどうなるのかも興味深い。

*3:もっとぶっちゃけて言うと真似る・パクる